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on numara beş yıldız

-オンヌマラ ベシユルドゥズ- オリエンタルの国トルコで暮らしています。

海外に住むなら手に職があれば良かった!

タイトルのとおり。
私が普段ひしひしと感じていることです。

特にずば抜けた才能や特技があるわけではない私は当たり前のように大学を卒業し、当たり前のように会社勤めをしてきました。幸い就きたかった職業に就くこともできましたが、その会社勤めも過去の話となった今、私にしか出来ないようなことが何も残っていないことにふと悲しくなるのです。

人と自分は全然違うのだから、周りと比べても意味がないということはよく分かっているつもりですが、私と同じように海外に住んでいる周りの友達はネイリストとして現地でもお店を開き活躍中だったり、ある子は歯科助手の資格を海外でも生かしたり、またある子はダンサーやヨガインストラクターとして現地でも自分の道を切り開き、頑張っています。

私は?
子供の頃、あんなに習い事をさせてもらったのになんで夢中になれる趣味、特技のひとつでも見つけられなかったのか。何十年も何をしていたのだろう・・とたまに自問しているのです。

私の唯一の特技、トルコ語はここでは使えて当たり前のもの。ピアノやバイオリンも普通の腕前。競泳やそろばんは得意だったけれど子供の頃の栄光。見事に何も残らないのです。

そういうことを考えては、人生の迷子になっています。

先日、どこかでこんな話を聞きました。
「人生で起こっている全てのことは生まれる前に自分で書いたシナリオなのに人はそれを忘れてしまって、みんな"自分はどうしてツイていないんだろう"とか、"こんなはずじゃなかったのに"というようなことを言っている」と。
生まれる前に自分で自分の人生を決めて生を受けるなんて信じがたいような話ですが、まあ、そう考えれば全てが「自分が書いたことなら、仕方ないか。悩んでもどうしようもないことだ。」と思える気がします。逆に「なんでこんなこと書いたの?」なんて笑ってしまうかもしれません。
その人もそう思ってほしかったのかな?

やりたいことをやって目標に向かって日々頑張っている友達を見て、たまに劣等感で苦しくなります。でもその周りの友達たちの活躍を目にしなければ自分の人生について考える機会もなかったので人生を見つめなおす機会を与え続けてくれている友達たちには感謝もしています。
私がこの人生でやるべきことについてはまだまだ模索中ですが、いつかこんなことを悩んでいた時もあったな~と思えるような日が来ることを目指して生活していこうと思います。探そうとして探せるものではないし、人生いつ何が起こるか分からない。
一日一日に感謝しつつ、大切に過ごしていきたいです。

 

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